文/Rankin Pumpkin Yoko from JAMAICA /OGIDOO-JAPAN
3月25日はエチオピアのハイレ・セラシエ・アイ皇帝の王妃メネン皇后の生誕記念日で、ジャマイカを始め、世界中で祝典が開催されました。
私が参加した、ジャマイカ、モンテゴベイの図書館の祝典では、EMPRESS MENNEN
BIRTHDAY CELEBRATION
「THE CREATION OF EVE」
と題され、女性に関する討論会が開かれました。
そこには、いろいろな宗派のラスタファリアン達や、また、ルーツとカルチャーを学ぶ人達(アフリカニスト)なども、集まりました。
私のジャマイカのマネージメントをしてくれている、アフリカン・シンボルの紹介で、私もメインパネラーの一人として参加させてもらうことができました。
3月、セラシエアイ皇帝の后、皇后メネンの誕生日(3月25日)を祝して、ジャマイカ各地(ナイヤビンギ・センター他)を始め、世界各地にて行事が開かれました。ここモンテゴベイでも、シスター・アニ-タという、ラスタ・エンプレスが主催して、女性についての討論会を開きました。
女性メイン・パネラーには、アフリカン・ルーツを学んだアフリカン・アメリカンの2人のシスター(女性)と、レゲエのスーパー・スター、ジミー・クリフのワイフのラス・ロバータ日本人シスターとして私。
男性パネラーには、エルダー・ラスタのボンゴ・アイヤ(映画クールラニングスに映っていたらしいので、見たことある人いるかも)、アフリカのラジオ・ステーションで数年間働いた経験もあり、ジャマイカでは高い知識を持つ講義で知られるラス・ジュニア・モニンス氏、シング・ジェイとして、また、歯に衣を着せない討論で圧倒する、フリーダム・ファイター(特にガンジャ)のラス・ジェシー・ジェンダー等など、ラスタの知識人達が集まり、講義と討論は熱く進行していきました。
アダムとイヴの話による悪いイメージを負わされた女性の、男性支配に対する差別を主題に置いた討論会に、「ボンボ・クラット」は女性軽視の言葉だと、アフリカン・アメリカンのシスターが指摘すると、ジャマイカン側は「それならマザー・ファッカーはどうなんだ!!」と反撃。一時は、ボンボ・クラット 対 マザー・ファッカーの討論が燃え上がり、手が付けられなくなってしまったところ、それにブチ切れたボンゴ・アイザックという長老が、「わしらはこんな低俗な話を聞きにここに集まったんじゃない!!」と、ボン・ファイヤーで、一同沈黙。
いろいろなことが論じられましたが、女性は子宮をもつ人として、命を生む重要な役割を持っているということ。
男性と女性のパーフェクトなバランスが何より大切と言うこと等が、主張されました。
私は、日本の太古の女王卑弥呼、初めての女帝推古天皇(このあたりの時代までの神道は、女性支配だった)から、仏教の女人結界で女性不浄視が行われ、そして現在までを歴史を追って発表しました。結構必死で勉強したおかげで、
拍手喝采と、後で原稿コピーとってくれと頼まれました。女性ということを再びしっかり学ぶ(日本の歴史も)良い機会に恵まれました。
BLESSED UP AND PRAISES UNTO EMPRESS
MENEN
THE MOTHER OF EARTH、
AND HIS IMPERIAL MAJESTY HILE SELASSIE I
JAH RASTAFARI



「コーラルガーデンの惨事」メモリアル集会
1963年、キリストが亡くなったとされるクリスチャンの記念日である4月の第2金曜日GOOD FRIDAY(聖金曜日)に起きた事件をきっかけに、ラスタの歴史に残る惨劇が始まった。ラスタたちの間では、この日をBAD FRIDAYと呼んで、毎年、この金曜日には、事件のおきたモンテゴベイで被害を受けた多くのラスタ達への追悼集会が開かれる。ナイヤビンギ・ドラム、チャンティング、そして当時のありさまを語る長老達の貴重なスピーチ等など・・・。それは去る1963年、モンテゴベイのコーラル・ガーデン地区で起きた事件をきっかけに、政府警察の恐ろしいラスタ狩りが始まったのだ。
モンテゴベイのコーラル・ガーデンという地区に住んでいたあるラスタマンが、そこの地主の陰険な仕打ちにブチキレてしまい、数人の仲間のラスタと、その地主が経営するガソリンスタンドを襲撃した。初期のラスタは、一般社会から狂人と言われ、まともな扱いを受けてはいなかったのだ。すぐに駆けつけた警官隊は、そのうち5人を撃ち殺したが、2人の警官も犠牲になった。逃げた残りのラスタも捕らえられ、処刑されたが、この事件によって、事件とは無関係のジャマイカ全土のラスタが、政府警察から、惨いオペレーションを受けることになった。当時の政党JLPは反ラスタを掲げるアメリカよりの政党で、当時の総理ブスタマンテは、警視庁にラスタの根絶を命じたのだった。警官たちは無実のラスタたちの家に押し入り、こん棒で殴る、蹴るの容赦ない暴行を加え、理由なしに投獄した。5000人を超えるラスタが投獄され、牢屋は‘満員電車のように‘ぎしぎしになり、反抗して殴り殺されたラスタも数え切れず、特に事件の起きたモンテゴベイ周辺のジャマイカ北西部のラスタたちへのオペレーションはひどかったという。
当時の様子を語る長老ボンゴ・アイザック氏は、モンテゴベイからセントエリザベス(車で2時間)の山中に逃げ入ると、住民たちが、なたや、ロープや、こん棒を持って、追いかけてきたと嘆く。当時のラスタは、社会から偏見と制圧を受け、町のほうにすむラスタたちは、ドレッドを伸ばすこともできず、多くは髭だけを伸ばしていたらしい。
過去があって現在がある・・・。無実の暴行と死をとげた当時のラスタ達と、多くの苦難を生き抜いてきた長老ラスタたちにリスペクトと、ジャーの永遠の愛がありますように。
JAH BLESS TO ALL RASTAFARI ELDERS
「THE CREATION OF EVE」